イエス・キリストは、新約聖書の中で、次のたとえを通して教えられました。
28 あなたがたはどう思うか。ある人にふたりの子があったが、兄のところに行って言った、『子よ、きょう、ぶどう園へ行って働いてくれ』。29 すると彼は『おとうさん、参ります』と答えたが、行かなかった。30 また弟のところにきて同じように言った。彼は『いやです』と答えたが、あとから心を変えて、出かけた。31 このふたりのうち、どちらが父の望みどおりにしたのか」。彼らは言った、「あとの者です」。イエスは言われた、「よく聞きなさい。取税人や遊女は、あなたがたより先に神の国にはいる。32 というのは、ヨハネがあなたがたのところにきて、義の道を説いたのに、あなたがたは彼を信じなかった。ところが、取税人や遊女は彼を信じた。あなたがたはそれを見たのに、あとになっても、心をいれ変えて彼を信じようとしなかった。引用:新約聖書(口語訳)マタイによる福音書21:28-31
イエス・キリストはこのたとえの中で、最初はイエス・キリストに従えなくても、あとになって心をいれ変え、主を信じて従うならば、神の王国に入れると教えています。
反対に、主を信じて従わなければ、どのような人でも神の王国に入ることはできないと、はっきり教えています。
当時の取税人や遊女は、祭司長たちや民の長老たちにとって、罪びとでした。
にもかかわらず、「取税人や遊女は、あなたがたより先に神の国にはいる」と、祭司長たちに主は言われました。
神に従う義人と自負している祭司長たちは、心をいれ変えて主を信じようとしませんでした。
たとえの中の弟や、取税人や遊女は、たとえ罪びとであっても、主を信じて心をいれ変えて従う人々、すなわち主が望まれていることを行う人々の象徴です。
私はこのイエス・キリストのたとえが大好きで、希望を感じます。
主が望まれていることを行うのに遅すぎることはなく、主はいつでも愛をもって手を広げ、みもとへ来るよう招いてくださっていることに感謝しています。
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