イエス・キリストが望まれていることを知って行いたい、と願ってきました。
何年も前、一つの詩を知りました。
それは「石」というタイトルで、ネットで調べてみましたが作者不詳のようでした。
ある日、ある人の所に主がこられ、このように頼みました。「あの山の上にある大きな石を押していただけませんか?」彼はすぐにその言葉に従って山の上に行き、 その石を押しはじめました。しかし、石はなかなか動きませんでした。そこヘサタンが来て言いました。「無理ですよ。あなたはその石を動かすことはできません。 あきらめなさい。」それを聞いて彼はがっかりし、 石を押すことをやめて家に帰ってしまいました。そこへ主が来て言われました。「どうしてあの石を押していないんですか?」彼は答えました。「押しました。私はすぐにあの山に行って一生懸命、石を押しました。でも、 石は全然動きませんでした。だからやめてしまったのです。」すると主は彼に言われました。「私は『石を動かして下さい』とは頼みませんでした。 『石を押してください』 と頼んだのです。もし、 あなたが一生懸命に石を押しつづけたら、 私が石を動かすのです。」作者不詳
私も主が命じられたことに長い間取り組み続けていますが、自分が望んだような結果をいただくことができず、あきらめようと思うことがあります。
「主は私に何を行うよう望まれていますか、何を改善し、何を努力するよう望まれていますか」と何度も主に尋ねてきました。
そのたびに、主は「今まで命じたことを続けて行い、最後まで堪え忍びなさい(石を押しつづけなさい)」という答えをくださいます。
主の御心にかなうことを願い求め、自分にできることを見いだして取り組み続けることと、御心のときに必ずかなうと信じ続けることが、主から求められていることだとだんだんと分 かるようになりました。
自分が望むようなタイミングで望む通りにかなうときもありますが、ほとんどの場合、そうではありません。
主の愛は私の想像よりもはるかに深く、主の思いと知恵は私よりもはるかに高いからです。
苦しくて、つらくて、主に泣き叫びこともありますが、少しずつ少しずつ、主が私と家族にとって最善を行われていることを理解し、御心を受け入れられるようになっています。
今回、久しぶりにこの「石」の詩を読んで、主が今の私に望まれていることを再確認できて感謝します。
主がこれからも最善を行っていただけるように、信仰を持って最後まで堪え忍びながら、主が望まれている石を押し続けていきたいです。
イエス・キリストが、私と家族を、そして全人類一人ひとりを救うために愛をもって働いてくださっていることに感謝します。